豊国神社

神社のいろは

恋愛で結ばれた豊臣秀吉を祀る神社で和婚挙式「豊国神社」

投稿日:2019年9月29日 更新日:

豊国神社(とよくにじんじゃ)は、京の人々からは「ほうこくさん」の名で親しまれています。

京都市東山区に鎮座する神社で、京都駅から京都市営バス「博物館三十三間堂前」下車、北へ徒歩5分のところにあり、神号「豊国大明神」を下賜された豊臣秀吉が祀られています。主祭神の居城があった大阪市中央区の大阪城公園や滋賀県長浜市のほか、出身地の名古屋市中村区などにも豊臣秀吉を祀る豊国神社が存在していますが、中でも京都の東山に鎮座する「豊国神社」は総本社とされています。

豊臣秀吉といえば、あの織田信長の草履を懐で温めたという逸話が有名で、百姓の子から大出世して天下統一を果たしたことでも知られており、「出世開運の神様」「勝運の神様」ともいわれ、多くの参拝者が出世祈願をするため訪れています。

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【国宝】恋愛で結ばれた豊臣秀吉を祀る京都神社で和婚挙式「豊国神社」

秀吉こだわりの豊臣家の家紋

石製の鳥居

階段の上に立っている石製の鳥居をくぐって境内へ向かいます。

豊国大明神という豊臣秀吉の神号

鳥居の額束には”豊国大明神”という豊臣秀吉の神号が書かれていました。境内はとても静かで、観光客で賑わっている京都の喧噪から解放され、ホッと一息つかせてくれます。

境内

境内には、豊臣家に関係のあるものがいくつかあります。
豊臣家の家紋は、天皇家が使う菊紋に次ぐ名誉ある「桐紋」と呼ばれる紋章で、桐紋には数多くのバリエーションがあるのですが、その中で有名なのは「五三桐」および「五七桐」というものです。

織田信長の家臣のときは「五三桐」、豊臣の姓を受けてからは「五七桐」の紋を使っていました。

五七桐紋が彫られた手水舎

家臣たちにも五七桐を与えていたので、新しく「太閤桐」を作り、太閤桐を調度品や工芸美術品、建築彫刻、城の外装など様々なものに使い、こちらの神社では手水舎にも五七桐紋が彫られていました。
上に付いている花の数が、5-7-5となっていることから五七桐と呼ばれています。

五七桐紋

こんなところにもさりげなく五七桐紋が入っています。

提灯や門の装飾に施された家紋

他にも提灯や門の装飾の細かいところにも家紋が施されているので、家紋探しも豊国神社の醍醐味のひとつです。

24年間お蔵入りだった秀吉像がお迎え

陶製の秀吉像

境内に入ると、ひと際目を引いたのが、こちらの陶製の秀吉像です。よく見かける灰色の石像とは違って、この秀吉像は黄味がかった亜麻色で華やかさが感じられました。

この秀吉像、以前は拝殿の前にある国宝・唐門のそばに安置されていましたが、1995年の阪神大震災の被害の際に台座が破損して以来24年もの長い間蔵の中で保管されてきました。
24年の時を経て、令和元年5月1日の新天皇即位に合わせて「令和の安寧を秀吉公に見守っていただきたい」という神社の思いから再び公開されることになりました。

秀吉像と唐門

この秀吉像は太平洋戦争中に制作されたそうで、高さ1.1メートル、台座は約1・8メートルの高さがあります。豊国神社は秀吉を神として、言い換えれば「人」を神として祀る数少ない神社です。

秀吉が亡くなった翌年の慶長4年(1599年)に、秀吉を神様として祀る神社が創建されたのが豊国神社の始まりです。そして「豊国大明神」の神号を賜り、盛大な鎮座祭も行われました。しかし、慶長20年(1615年)の大坂夏の陣において豊臣家が滅亡すると徳川家康により秀吉を神として祀ることを禁止されました。

時は流れて明治元年(1868年)、明治維新により250年近く続いた江戸幕府は倒れ、日本は新しい時代を迎えていました。その折に、明治天皇が秀吉を「天下統一を果たしたが、幕府を作らず天皇を尊重した人物」と再評価し、豊国神社の復興と再建を命じ、明治13年(1880年)に現在の場所に社殿が再建されました。

豪華絢爛な国宝・唐門の迫力

国宝の唐門

京都の豊国神社を象徴するものといえば国宝の「唐門(からもん)」ではないでしょうか。
唐門とは、屋根の一部が唐破風(からはふ)となっている門のことを指します。桃山時代を代表する建築物として国宝に指定されており、西本願寺や大徳寺の唐門とならんで、国宝に指定された数少ない唐門のひとつです。

金箔が貼られた唐門

当初は門全体に黒漆が塗られ、江戸初期の彫刻家・左甚五郎による登竜門の彫刻、黄金や派手なものを好む秀吉に合わせて至る所に貼られた金箔はまさに豪華絢爛。

鯉の滝登りの彫刻

扉の下の方には、立身出世の象徴とされている「鯉の滝登り」の彫刻が施されており、この門をくぐると出世できるといわれているそうです。

鳥居の瓢箪

瓢箪

秀吉のトレードマークの一つが馬印として使用していた「瓢箪(ひょうたん)です。
なんと鳥居のこんなところにも、瓢箪を発見!

草履の形をした出世絵馬

瓢箪の形をした絵馬

絵馬には瓢箪の形をしたものや、秀吉が織田信長の草履を自分の懐(ふところ)で温めたエピソードを元にした草履の形をした出世絵馬もあり、多くの人々が出世祈願に訪れます。

瓢箪の形をしたお守りや干支のお守り

お土産に喜んでもらえそうな瓢箪の形をしたお守りや他にもこんなに可愛らしい干支のお守りがありました。

御朱印

御朱印

結婚式情報

豊国神社
豊国神社(とよくにじんじゃ)

歴史に残る理想の夫婦に見守られ斎行する結婚式

秀吉とその伴侶「寧々」は恋愛の末結ばれたとされ、そのキューピッドはなんとあの「織田信長」だそうです。『秀吉にはもったいない』と信長にいわしめ、寧々のことを高く評価していました。

寧々はとても美人で、外見だけでなく人望も厚く、多くの人々から尊敬と崇拝の的となり、秀吉が心を許せる数少ない相手でした。この豊国神社で、秀吉と寧々に見守られて、夫婦の永遠を誓う素敵な結婚式を挙げてみてはいかがでしょうか。

■豊国神社
〒605-0931
京都府京都市東山区茶屋町530
TEL:075-561-3802

■拝観時間
24時間

■祈願受付
9:00~16:30
宝物館 9:00〜17:00(受付終了16:30)

■交通アクセス
<車>
・名神高速道路「京都東IC」より約20分
※駐車場あり

<電車、バス>
・京阪本線「七条」駅下車、徒歩約10分
・京都駅から京都市営バス100, 206, 208号系統「博物館三十三間堂前」下車、徒歩約5分

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