VENUE会食会場

花外楼 大阪城店
花外楼 大阪城店

花外楼 大阪城店カガイロウ オオサカジョウテン

本物のお料理と真心のサービスを心掛け、
初代「伊助」の誠実の志を大切に暖廉を守りながら、
美しい日本料理の心を探求し続けていきたいと考えております。

基本情報・アクセス

住所
大阪府大阪市中央区城見1丁目4−1 ホテルニューオータニ大阪3階
TEL
06-4790-7808
料理
日本料理
対応人数
個室 和室(4名 掘りごたつ) ホール席38席

おすすめの神社

上賀茂神社かみがもじんじゃ

世界遺産に指定されており、誰もが一度は観光で訪れるほど京都でも有名な「上賀茂」。

京都の和婚ブームにより、上賀茂神社で挙式をされる方が年々増えてきており、人気の会場です。

国宝である本殿の前にある重要文化財の「御籍屋(みふだのや)」で、執り行われる挙式は「参進」から「親族杯の儀」に至るまで洗練された和の伝統が感じられ、費用面・式の内容で比べましても、挙式会場としてはオススメの場所です。

日本最古の恋愛物語にあたる「源氏物語」や「枕草子」にも登場し、京都で最も古い神社となりますので歴史的にみても価値があり、または自分たちの婚礼をきっかけに式を挙げた神社として歴史に興味を持って頂けるかもしれませんね。

また、境内は四季折々の景観が楽しめ、有名な「斎王桜」「御所桜」や「風流桜」「賀茂桜」「みあれ桜」など名のある桜は見ものです。

秋の紅葉時期には境内の紅葉が赤々と色づき、その傍らを通る参進行列に華を添えます。

自信をもってオススメできる挙式会場です。

湯島天満宮ゆしまてんまんぐう

神社の社務所より参進の儀の際に、新郎新婦、ご参列者様全員で渡る赤い太鼓橋があり、こちらが大変人気となっています。

住吉神社 (福岡市)すみよしじんじゃ

住吉神社は、全国2000社以上ある住吉神社の最初の神社で、神功皇后三韓征伐の際、底筒之男令・表筒之男令の御守護により無事達成されたことにより、海上安全、渡航安全の神と崇められる。
また、伊弉諾大神が禊祓を行った場所とも言われ開運除災の神としても崇拝されています。

オススメポイント

てら岡

福岡縣護国神社ふくおかけんごこくじんじゃ

永遠を誓うにふさわしい、光あふれる本殿。結婚の儀を行う本殿は、明るい光にあふれており、内部は、花嫁様にふさわしい「白」を基調としています。半屋内で冷暖房を完備しており、天候に左右されることもなく、安心です。神職が奏でる雅楽の生演奏が境内に響き渡り、白無垢姿の花嫁と紋付袴の花婿が、三三九度の盃を交わし、玉串という御神木を捧げて、夫婦の契りを交わす。参列の方々の暖かい眼差しと、あふれる光に包まれて、静かに厳かに執り行われる式は感動もひとしおです。

オススメポイント

桜坂ONO

浅草神社あさくさじんじゃ

浅草神社は建造されてから350年以上経過している歴史のある社殿で、重要文化財に指定されています。

御霊神社ごりょうじんじゃ

太古大阪湾が深く入りこんで海辺はぬかるみ、芦荻が繁茂して圓江[つぶらえ]と云い円形の入江に創祀された圓神祠に始まり、嘉祥三年(850)の「文徳実録」に八十嶋祭の祭場が圓江でそこに創祀されたのが圓神祠とされ、八百年代後半の創建とされています。
ご神威高く、上古天皇御即位の大嘗祭につづく八十嶋祭に預かり給ひ、後に土地が次第に固成して村を形成しその名も津村と転訛しました。
豊臣秀吉公の大阪居城と共に政治経済の中心地として発展し、諸大名が参集してその崇敬も厚く什器の寄進も相次ぎました。

太宰府天満宮だざいふてんまんぐう

太宰府天満宮は「学問・至誠(しせい)・厄除けの神様」として、広く世のご崇敬を集める神社です。

オススメポイント

太宰府別荘自然庵

難波八阪神社なんばやさかじんじゃ

難波八阪神社の創建年月日など詳しい資料は残っていませんが、社伝によれば古来「難波下の宮」と称し難波一帯の産土神でした。後三条天皇の延久(1069年から1073年)の頃から祇園牛頭天王(ごずてんのう)をお祀りする古社として世間に知られていました。
 もとは神仏混淆でしたが、維新後、神仏分離により寺は廃絶し、明治5年(1872年)に郷社となりました。現在のご本殿は、昭和49年(1974年)5月に完成。
 

香椎宮かしいぐう

香椎宮は、第14代仲哀天皇様と神皇后様を主祭神とする格式高い神社です。

オススメポイント

すしとも

芝大神宮しばだいじんぐう

都心にありながら、閑寂な境内には四季を通して季節を感じさせる自然がおふたりに彩りを添える神社です。

上賀茂神社

上賀茂神社かみがもじんじゃ

神代の昔、本社の北北西にある、秀峰神山(こうやま)に御降臨になり、天武天皇の御代(678)、現在の社殿の基が造営されました。
本殿御鎮座以後も広く庶民の信仰を集め、皇室の御崇敬は歴代にわたり、行幸啓は枚挙にいとまなく、国家の重大時には必ず奉幣、御祈願がありました。日本最古の恋愛物語にあたる「源氏物語」や「枕草子」にも登場し、京都で最も古い神社です。

難波神社なんばじんじゃ

反正天皇が大阪府松原市に柴籬宮(しばがきのみや)を開かれたとき、父帝の仁徳天皇をご祭神として創建されたと伝えられる。
その後、天王寺区上本町に遷り、豊臣秀吉が大阪城を築城したのち天正年間(1583年)現在地に遷座。昭和20年(1945年)第二次世界大戦大阪空襲により全焼したため、仮宮によっていたものを昭和49年7月(1974年)再建され現在に至る。

代々木八幡宮よよぎはちまんぐう

代々木八幡宮は緑豊かな自然林に囲まれた東京でも有数のパワースポットとしても人気が高い神社です。

櫛田神社くしだじんじゃ

櫛田神社は、博多の総鎮守として最古の歴史を有し、三柱の大神をお祀利する神社です。不老長寿・商売繁盛の神社として信仰され、博多祇園山笠でも有名で、境内には「飾り山」が奉納されてあります。

神田明神かんだみょうじん

江戸時代より明神様と呼ばれ、『縁結びの神様』として親しまれてきた江戸の総鎮守・神田明神。
現在(いま)でも“粋”なままに、神田・日本橋・秋葉原・大手町・丸の内など、108ヶ町の総氏神様として江戸の素晴らしい伝統文化を保ち、絶え間ない発展と創造を繰り返すこの都会(まち)を守り続けています。
その神田明神の御社殿の間において、荘厳礼節を尊び、江戸文化の栄えた宝を引き継ぎ、そして江戸の“粋”な伝統・文化を挙式に活かし、お二人の幸せを演出させていただきます。

下鴨神社

下鴨神社しもがもじんじゃ

上賀茂神社とともに奈良時代以前から朝廷の崇敬を受けた。平安遷都の後はより一層の崇敬を受けるようになり、大同2年(807年)には最高位の正一位の神階を受け、賀茂祭は勅祭とされた。『延喜式神名帳』では「山城国愛宕郡 賀茂御祖神社二座」として名神大社に列し、名神・月次・相嘗・新嘗の各祭の幣帛に預ると記載される。弘仁元年(810年)以降約400年にわたり、斎院が置かれ、皇女が斎王として賀茂社に奉仕した。

坐摩神社ざまじんじゃ

御祭神の御神徳は往古より宮域を守る神であることから、居住地を守り給う住居守護の神、また行路の安全を守り給う旅行安全の神、安産守護の神等として広く信仰を集めており、御祭神の名義から流水、井泉の神であり竈神としても篤く奉斎されています。

竈門神社かまどじんじゃ

竈門神社は、ご祭神は玉依姫命で、縁結びの神様として、竈門神社は広く知られています。

オススメポイント

太宰府別荘自然庵

福徳神社(芽吹神社)ふくとくじんじゃ

二代将軍秀忠公は慶長十九年(一六一四)正月八日に参詣し、「福徳とはまことにめでたい神号である」と賞賛されました。この時、当社古例の椚の皮付きの鳥居に、春の若芽の萌え出でたのをご覧になり、当社の別名を「芽吹神社」とされました。

平安神宮

平安神宮へいあんじんぐう

平安神宮は平安遷都1100年を記念して、明治28年に遷都のおや神様である第50代桓武天皇をご祭神として創建されました。
当時、京都の衰退ぶりは目を覆うものがあり、幕末の戦乱で市街地は荒廃し、明治維新によって事実上首都が東京へ遷ったことは人々の心に大きな打撃を与えました。
その状況下で京都を救ったのは、京都復興への市民の「情熱」と全国の人々の京都に対する「思い入れ」。
数々の復興事業を展開し、新しい京都が模索され、同時に古き良き京都の維持継承に力が注がれたのです。
これらの熱意と一連の町おこし事業が見事に結実して、平安神宮が創建されました。

宗像大社むなかたたいしゃ

宗像大社でお祀りする三女神の一柱である市杵島姫神は、縁結び、幸福の女神の弁天様ともいわれています。

オススメポイント

ロイヤルホテル宗像

堀越神社ほりこしじんじゃ

古くから大阪では
「堀越さんは一生に一度の願いを聞いてくださる神さん」
との言い伝えがあります。

七社神社ななしゃじんじゃ

往昔の御創建ながら、寛成五年(1793)の火災により古文書、古記録等を焼失したため詳らかではありません。 しかし、翌年9月秋分の日に御社殿は再建され、故にこの日を当社の大祭日と定め、現在も賑やかなお祭りが執り行われています。当時は仏宝山無量寺の境内に祀られ、「江戸名所図会」には無量寺の高台(現・古河庭園内)に「七社(ななのやしろ)」として描かれています。

明治時代になり、元年(1868)に神仏分離が行われ翌2年に一本杉神明宮の社地に遷座され、西ヶ原村の総鎮守として奉祀されるに至りました。

生國魂神社いくくにたまじんじゃ

生國魂神社は、大阪府大阪市天王寺区生玉町にある神社。式内社。旧社格は官幣大社で、現在は神社本庁の別表神社。

八坂神社

八坂神社やさかじんじゃ

祇園祭でも有名な「八坂神社」は、本物志向の二人には理想の挙式空間。

1300年の歴史の重みを感じさせる本殿や舞殿での神前式は、厳粛なムードで執り行われます。

常磐御殿での祝宴では、名店「吉兆」の懐石料理が振舞われ、ゲストの方々にも好評です。

十日恵比須神社とおかえびすじんじゃ

十日恵比須神社は、商売繁昌の「えびす様」と人々の幸せを“縁”を結ぶ「大黒様」をお祀りしています。

オススメポイント

すしとも

吉田神社

吉田神社よしだじんじゃ

豊かな緑たたえる吉田山、別名神楽岡と呼ばれる霊域に859年創建されて以来、京の都の守護神として崇められてきた吉田神社。

4柱の神は厄除招福の御神徳を授け、中でも3殿4殿の神は夫婦神であり古来より良縁・夫婦和合の神として信仰を集めている。

吉田神社の婚儀は四季折々の自然を感じながら、朱の鮮やかな本宮にて厳粛に執り行われます。

枚岡神社ひらおかじんじゃ

枚岡神社の創祀は、皇紀前まで遡り、初代天皇の神武天皇が大和の地で即位される3年前と伝えられています。
神武御東征の砌、神武天皇の勅命を奉じて、天種子命(あめのたねこのみこと)が平国(くにむけ)(国土平定)を祈願するため天児屋根命・比売御神の二神を、霊地神津嶽(かみつだけ)に一大磐境を設け祀られたのが枚岡神社の創祀とされています。

宮地嶽神社みやじだけじんじゃ

宮地嶽神社は、宗像地方では宗像大社と並んで参拝客が多く、日本一大きいと称される注連縄も有名です。

オススメポイント

ロイヤルホテル宗像

成子天神社なるこてんじんじゃ

西新宿八丁目に、静やかに佇む神域「成子天神社」当社は、千百年を超える歴史を持つ天神様のお社です。「学問の神様」、「厄除けの神様」として知られる天神様、そのご神徳はそればかりではありません。その時代その時代においての多様な信仰をひとつに統合する神様とも言われています。

宇佐神宮うさじんぐう

八幡さまは古くより多くの人々に親しまれ、お祀りされてきました。
全国約11万の神社のうち、八幡さまが最も多く、4万600社あまりのお社(やしろ)があります。
宇佐神宮は4万社あまりある八幡さまの総本宮です。

北野天満宮

北野天満宮きたのてんまんぐう

「本殿」「石の間」「拝殿」「楽の間」を合わせて、国宝に指定されており、
その北野天満宮の由緒あるご本殿にて挙式が行われます。
また梅苑を含めた北野天満宮の境内にはおよそ1000本の梅があり、梅の時期にはゲストにも喜ばれます。
菅原道真公をお祀りした神社の宗祀であり、地元の方からは「天神さん」と呼ばれ、親しまれています。
学問に秀でた道真にあやかって、いつしか「学問の神」として崇拝されるようになりました。

杭全神社くまたじんじゃ

平安の初期、征夷大将軍坂上田村麿の子、広野麿が杭全荘を領地として賜ってこの地に居を構え、その子当道が貞観四年(862)に氏神として素盞嗚尊を勧請し祇園社を創建したのが第一殿です。

岸城神社きしきじんじゃ

岸和田城の鎮守神社。かつて岸和田城が「千亀利(ちぎり)城と言われたこと

から、その鎮守神だった岸城神社が「ちぎりのお宮」と呼ばれ、恋愛・結婚は

もちろん、幅広くご縁を結ぶ神様として信仰されるようになりました。

ご縁を結ぶちぎりの糸。恋愛のご縁を求める方は紅白2本の糸「ちぎりの糸」

500円を受けて納所に結んで。晴れてご縁に恵まれたら、永遠のちぎりを願って

契り御守300円を交換して男性は紅、女性は白をお持ち下さい。

オススメポイント

縁結びのパワースポット

金王八幡宮こんのうはちまんぐう

金王八幡宮は、第73代堀河天皇の御代、寛治6年正月15日(1092)鎮座いたしました。
桓武天皇の曽孫である高望王の後裔で秩父別当平武基は源頼信による平忠常の乱平定において功を立て、軍用八旒の旗を賜り、その内の日月二旒を秩父の妙見山に納め八幡宮と崇め奉りました。
江戸時代末期まではこの神社に隣接する東福寺(天台宗)が別当寺であり、当初は「渋谷八幡」と称していましたが、重家の嫡男常光がこの神社に祈願して金剛夜叉明王の化身として生まれたことにより金王丸と称したことと、その名声にちなんで、現在の「金王八幡宮」と称するようになりました。

護王神社

護王神社ごおうじんじゃ

京の都の中心である「京都御所」の西側に鎮座し、歴史と京の趣きを感じる神社です。

護王神社の表門には「京都の巨樹銘木百選」に選ばれた樹齢100年を越えるご神木のカリンの木が見守っています。

由緒としては平安京建都の功労者「和気清

警固神社けごじんじゃ

警固神社は、木のぬくもりを大切にし、すべてバリアフリーでどなたにもご利用いただける優しい設計です。

オススメポイント

桜坂ONO

根津神社ねづじんじゃ

境内はツツジの名所として知られ、地元では「根津権現」や「権現様」と親しまれている、江戸の神社建築としては最大の規模を誇る神社です。 権現造りの本殿・幣殿・拝殿・唐門・西門・透塀・楼門の全てが欠けずに現存していて、多くの棟が、国の重要文化財に指定されています。
披露宴会場となる書院は総檜造り、苔庭に面した窓を最大限にとり、自然光のあふれる明るい雰囲気が好評で、交通至便な都心に位置しながら、司馬遼太郎が「閑寂な境内・剛健な建築」と感嘆した神域での結婚式は、全てが江戸時代にタイムスリップしたかのような背景の中で進行します。

姫嶋神社ひめじまじんじゃ

姫島は古代難波八十島のひとつであった比売島がこの地に当たると伝えられてきた。『古事記』の応神記には、「昔、赤い玉より化生して美女となったアカルヒメが新羅の王子、天之日矛(アメノヒボコ)の妻となり、常に美食を用意して夫に仕えたが、夫は慢心を起こし妻をののしるので、『わたしはあなたの妻となるべき女ではありません。わたしの祖国へ帰ります。』と言って、難波に逃避行してきた」とある。

応神天皇の御代、新羅の国の女神が夫から逃れて筑波の伊波比(いわい)の比売島、さらに移って摂津の比売島(姫島)に留まったと伝えられている。アカルヒメは夫と別れ、海を渡り、新たな地で再起し女性たちに機織りや裁縫、焼き物や楽器などを教えたことから、多くの女性に親しまれ「決断と行動の神様」として信仰されてきた。

梨木神社

梨木神社なしのきじんじゃ

梨木神社は明治18年に創設された比較的新しい神社です。ここには明治維新に貢献した三條実萬(さねつむ)公と三條実美(さねとみ)公を祭神としています。この辺一帯には昔、公家のお屋敷がたくさんありましたが、明治になってそれらが全て東京に移され、その後に創建されたのが梨木神社。

霧島神宮きりしまじんぐう

建国神話の主人公である瓊々杵尊(ニニギノミコト)を祀った霧島神宮は、創建が6世紀と古い歴史を誇る神社です。 最初は高千穂峰と火常峰の間にある背門丘に建てられたといいますが、霧島山の噴火による焼失と再建を繰り返し、約500年前に現在の場所に移されました。現在の社殿は島津氏第21代当主(第4代薩摩藩主)島津吉貴が、1715年に建立・寄進したものです。

池尻稲荷神社いけじりいなりじんじゃ

大山道並びに国道246号沿いに江戸時代から鎮座する池尻稲荷神社は、渋谷・代官山・恵比寿・三軒茶屋などへのアクセスも便利な場所にございます。
神社境内は木々に囲まれ都会の中の心のオアシスを感じられます。
神社境内の神楽殿を結婚式のために装飾を施し、舞台上のオープンな雰囲気を演出。

紅葉八幡宮もみじはちまんぐう

紅葉八幡宮は、社領三万二千坪を有し荘厳なる社殿は東の筥崎、南の大宰府・西の紅葉と並び称される神社です。

オススメポイント

味彩 よひら

豊崎神社とよさきじんじゃ

大化の改新(6645年)後、遷都された難波長柄豊碕宮の旧跡地とされております。孝徳天皇の崩御後、松林となり果て、八本松と呼ばれたこの地を哀れんだ一条天皇が、藤田重治にこの地の開発を命じました。孝徳天皇の故宮を忘れてはいけないと松林に小さな祠を建て、孝徳天皇をお祀りしたことが始まりとされております。

御霊神社ごりょうじんじゃ

目の前を江ノ電が走る御霊神社(ごりょうじんじゃ)は、平安時代に大庭御厨を開発した鎌倉権五郎景政を祀っています。景政の武勇伝から「目の神様」として親しまれています。

松尾大社

松尾大社まつおたいしゃ

平安時代当社に対する皇室のご崇敬はきわめて厚く行幸数十度に及び、正一位の神階を受けられ、
名神大社二十二社に列せられて賀茂両社と並んで皇城鎮護の社とされた由緒ある神社です。

京都最古の神社で、太古この地方一帯に住んでいた住民が、松尾山の神霊を祀って、
生活守護神としたのが起源といわれます。

12万坪の境内を誇り、両流造(りょうながれつくり)の本殿は国の重要文化財に指定されており、
見ごたえも十分です。

正式には「松尾大社(まつのおたいしゃ)」ですが、通称名の「まつおたいしゃ」と呼ばれ親しまれています。

鳥飼八幡宮とりかいはちまんぐう

鳥飼八幡宮のご神徳は男女の良きご縁を結んでくださると信じられ、遠方からの参拝者も多くいらっしゃいます。

オススメポイント

桜坂ONO

松山神社まつやまじんじゃ

社伝によると、菅原道真が延喜元年(901年)大宰府に配流された時、淀川を下ってこの地に到着。 生い茂る小松に「小松の詩」を吟じられ、直筆の御真像を里人に与えたので、後に神祠を建て、村を小松村と呼び、氏神として崇めたのが始まりという。

阿部野神社あべのじんじゃ

阿部野神社は、大阪市阿倍野区北畠にある神社である。南朝方について各地を転戦した北畠顕家と、その父の北畠親房を祀る。建武中興十五社の一社で、旧社格は別格官幣社である。

豊国神社

豊国神社とよくにじんじゃ

緑豊かで自然に囲まれた解放感のある拝殿での挙式が魅力の豊国神社。

正式名称は「とよくにじんじゃ」ですが、地元京都の方からは「ほうこくさん」と呼ばれ、親しまれています。

また歴史的な面でも桃山時代の雰囲気を色濃く伝える国宝・唐門は威厳に満ちており、訪れる人を魅了し続けています。

JR京都駅から車で約5分、京阪電車「七条駅」より徒歩約10分とアクセスも便利で、ゲストにも優しい挙式会場です。

櫻井神社さくらいじんじゃ

櫻井神社は筑前の守護神として広く崇敬をあつめている神社です。

オススメポイント

PALM BEACH

赤坂氷川神社あかさかひかわじんじゃ

「厄除け」「良縁・縁結び」「家内安全」の御神徳ありとされる神社です。

大原野神社

大原野神社おおはらのじんじゃ

延暦3年桓武帝の長岡京遷都の際、藤原氏の氏神である奈良春日大社の神々をこの地に最初に祀られたところより「京春日」とも言われています。

服部天神宮はっとりてんじんぐう

菅公が当社の「少彦名命」を尊崇し、持病の脚気が治ったことから、「脚気天神」「足の神様」として広く信仰がある。菅公没後、各地に天神信仰が起こり当社も堂宇を建立し、合祀して天神とした。

愛宕神社あたごじんじゃ

愛宕神社は、縁結び、恋愛成就、各種試験合格、車祓いなどの参拝者で賑わいを見せる神社です。

オススメポイント

味彩 よひら

居木神社いるぎじんじゃ

大崎駅から程近い閑静な住宅街に鎮座する居木神社は、風そよぐ心地よい空間であり、緑豊かなオアシスです。

二見ヶ浦ふたみがうら

二見ヶ浦は玄海国定公園内に位置する福岡県糸島市志摩桜井の海岸である。桜井二見ヶ浦または筑前二見ヶ浦とも呼ばれる。 糸島市北部にある海岸で、海岸から約150m離れた海中に夫婦岩がある。 1968年には県の名勝に指定されたほか、日本の渚百選、日本の夕陽百選に選出されている。

上御霊神社

上御霊神社かみごりょうじんじゃ

祭神は崇道天皇(早良親王)以下13柱、歴史の舞台としては応仁の乱の発端となった地でもあり、江戸時代元禄3年には松尾芭蕉も訪れ、「半日は神を友にや年忘れ」という句を詠んでいます。

平安時代に御霊会が行われるようになり、平安京鎮護の神として広く崇敬され、現在は上京、北区にまたがる氏神として仰がれています。

芝東照宮しばとうしょうぐう

芝東照宮は、日光東照宮、久能山東照宮、上野東照宮と並ぶ四大東照宮の一つとされている神社です。

粟田神社

粟田神社あわたじんじゃ

江戸時代に立てられた本殿でのご結婚式となります。京の七口の一つであり、東山道・東海道に通じる粟田口に鎮座し、古くから旅立ち守護の神様として崇敬されている、平安時代初期に創建の古社。

東山連峰の粟田山山麓に位置し、境内からは比叡山より愛宕山までを望めます。

阿比太神社あびたじんじゃ

 当神社は延長5年(西暦927年)に編纂された延喜式神名帳に名を載せる式内社であり、御祭神に素盞鳴尊(すさのおのみこと)お祀りしている。応神天皇2年の奉祀なりと伝えられるが確かな文献は存在しない。しかし、続日本後紀の記載によれば「仁明天皇嘉祥3年正月従五位下を授かり給う」とあり、また延喜式神名帳には大、月次、新嘗の際に案上の官幣を賜わった大社であることが記されている。

光雲神社てるもじんじゃ

光雲神社は桜の時期なら、風が吹けば、桜が舞い散るというとても風情のある結婚式が叶います。

亀戸天神社かめいどてんじんじゃ

「夫婦円満・子宝・安産の守護神」として名高い神社です。

垂水神社たるみずじんじゃ

垂水神社は、大阪府吹田市垂水町にある神社。式内社で、旧社格は郷社。現在は神社本庁に属さない単立神社。

今宮神社

今宮神社いまみやじんじゃ

「今宮神社」は京都市北区、紫野にある神社です。
健康長寿、良縁開運のご神徳で、京都西陣の産土神として崇敬を集める、千年の歴史のある古社。
また「玉の輿」出世物語でも有名な今宮神社は、もともとは身分の低い西陣の八百屋の娘だったお玉が、将軍・徳川家光に見初められ側室となり、大出世したという誰もが憧れるシンデレラストーリーにあやかろうと願うたくさんの女性で賑わいます。

筑前国飯盛神社ちくぜんこくいいもりじんじゃ

筑前国飯盛神社は、古代からの宮殿築城に相応しい「四神相応の地」と謂われる神社です

葛西神社かさいじんじゃ

境内に青々と茂る葛西の森には樹齢300年以上の木々があり、四季折々の自然が迎え入れてくれます。
平安時代末期、元暦2年(1185年)である。当時は上葛西、下葛西合わせた三十三郷(現在の行政区分では、東京都葛飾区、江戸川区の全域、墨田区、江東区、足立区の一部地域にあたる)の総鎮守として葛西三郎清重公の信仰により 香取神宮の分霊を祀ったのが始まり。 この地は葛西御厨の神域にある。その具体的典拠としては「香取文書」の内、鎌倉時代から室町時代にかけての文書に「治承元年丁酉十二月九日 香取造営次第 葛西三郎清重」等を始めとする記述が散見出来る。なお、至徳4年(1387年)の官符によると御厨在住の領家である占部氏に関して「武蔵国猿俣関務事 香取大禰宜長房如先規可令成敗云々」等の記載があり、往還の人馬から関銭等も徴収し神宮の用途に充てていた事が検証出来る。中でも金町・小鮎(小合)・猿俣(猿町)・飯塚の四郷は古来より21年ごとに香取神宮の造営を携わっていた事はこの地との由縁を物語っている。上記の事由から葛西神社(当時は香取宮と称す)が郷内の守護神として祀られたと言われている。その後時を経てこの香取宮は明治8年には郷社に定められ、第二次世界大戦後は全国神社の社格が廃止され、宗教法人葛西神社として今日にいたる。

ホテルメトロポリタンエドモンド 神殿ほてるめとろぽりたんえどもんど しんでん

縁結びの神として名高い出雲大社を勧請している神殿です。
雅楽の生演奏により、婚礼の儀はより厳かになり、
ご列席の方々の心に静かな感動をもたらすことでしょう。

城南宮

城南宮じょうなんぐう

城南宮は平安時代から、方位の災いを除く神社として有名で地元の人からも親しまれています。

新婚のお二人がこれからの幸せを願って、参拝に訪れることもよくみられる光景です。

本殿の周囲に広がる「源氏物語 花の庭」とも言われる神苑は、四季折々の花々が咲き、城南宮の神楽殿での挙式は、巫女の舞と神楽の音に包まれる厳かな挙式となります。

下鴨神社しもがもじんじゃ

正式名称「賀茂御祖(かもみおや)神社」は2300年の歴史を育む古社で、
社殿と共に糺(ただす)の森を含め、世界文化遺産に登録されています。

縁結びの神様としても広く知られています。

下鴨神社での神前結婚式は、本殿前にある葵生殿(重要文化財)にて、結婚の儀式が執り行われます。

新郎新婦・ご親族さまの控室なども設備も充実しており、の京都でも人気の挙式会場となっております。

春日神社 (福岡県春日市)かすがじんじゃ

民俗行事も行なわれる春日神社では、古式ゆかしい神前結婚式で新郎新婦の新しい門出をお誓い頂けます。

長岡天満宮

長岡天満宮ながおかてんまんぐう

「見返り天神」ともいわれ、菅原道真(すがわらみちざね)公が太宰府へ左遷される途中、名残を惜しんだ地として道真公をまつっています。広大な境内の東側には八条ケ池が広がり、中堤の参道と池にかかる水上橋による「八条ケ池ふれあい回遊のみち」は四季を通じた景勝地となっています。
参道には、推定樹齢100年から150年のキリシマツツジ(市指定天然記念物)が群生し、4月下旬には特有の濃紅色の花が咲き誇り、毎年この時期に開催される「春の観光まつり」の会場にもなっており、多くの観光客でにぎわいます。

平安神宮へいあんじんぐう

「結婚式は平安神宮で!」という言葉が定着しているように平安神宮では毎年数多くの結婚式が行われます。

厳かな結婚式で新しいご家庭を気づいてくださいませ。

平安神宮は1895年に創建された平安京当時の朝堂院を復元した神宮です。

鮮やかな朱塗りの境内を眺めながら回廊を進み、平日限定の特別な本殿挙式と伝統ある儀式殿での挙式ができます。

八坂神社 (北九州市)やさかじんじゃ

八坂神社は、北九州市およびその周辺地域において、もっとも多くの参拝客でにぎわう神社です。

愛宕神社あたごじんじゃ

有名な『出世の石段』と呼ばれる長い階段が特徴的な、愛宕山に鎮座する愛宕神社。

藤森神社

藤森神社ふじのもりじんじゃ

藤森神社は、京都府京都市伏見区に鎮座する神社である。旧社格は府社。 5月5日に行われる駈馬神事や、菖蒲の節句の発祥地として名高い。6月から7月にかけて紫陽花苑が公開され、3,500株にもおよぶ紫陽花が見もの。

八坂神社やさかじんじゃ

祇園祭でも有名な「八坂神社」は、本物志向の二人には理想の挙式空間。

1300年の歴史の重みを感じさせる本殿や舞殿での神前式は、厳粛なムードで執り行われます。

常磐御殿での祝宴では、名店「吉兆」の懐石料理が振舞われ、ゲストの方々にも好評です。

篠崎八幡神社しのざきはちまんじんじゃ

篠崎八幡神社は、8000坪の静寂で緑豊かな杜に囲まれた御神殿の中、本格派の結婚式を挙げられます。

御香宮神社

御香宮神社ごこうのみやじんじゃ

御香宮神社は京都市伏見区にある神社である。式内社で、旧社格は府社。通称御香宮、御幸宮。伏見地区の産土神である。 神功皇后を主祭神とし、夫の仲哀天皇、子の応神天皇ほか六神を祀る。神功皇后の神話における伝承から、安産の神として信仰を集める。

若松惠比須神社わかまつえびすじんじゃ

若松惠比須神社は、武将の武内宿禰が脇の聖地に記念の小松を手植えしたことから
「若松」の地名の発祥となったと伝えられていますが、全国のえびす神社の総本社とも仰がれる西宮神社の御神札に必ず松が描かれ神の降りられる依代(よりしろ)の松と考えられることと思い合わせると、依代の松が地名の発祥でもあったかとも言われている。

吉田神社よしだじんじゃ

豊かな緑たたえる吉田山、別名神楽岡と呼ばれる霊域に859年創建されて以来、京の都の守護神として崇められてきた吉田神社。

4柱の神は厄除招福の御神徳を授け、中でも3殿4殿の神は夫婦神であり古来より良縁・夫婦和合の神として信仰を集めている。

吉田神社の婚儀は四季折々の自然を感じながら、朱の鮮やかな本宮にて厳粛に執り行われます。

五條天神社ごじょうてんじんじゃ

朱塗りの見事な鳥居は、神社結婚式での記念写真に最適なフォトスポットとしても人気があります。

平野神社

平野神社ひらのじんじゃ

平野神社は、京都府京都市北区平野宮本町にある神社。式内社で、二十二社の一社。旧社格は官幣大社で、現在は神社本庁の別表神社。神紋は「桜」。

北野天満宮きたのてんまんぐう

梅と紅葉で有名な京都の北野天満宮。

「本殿」「石の間」「拝殿」「楽の間」を合わせて、国宝に指定されており、
その北野天満宮の由緒あるご本殿にて挙式が行われます。

また梅苑を含めた北野天満宮の境内にはおよそ1000本の梅があり、梅の時期にはゲストにも喜ばれます。

菅原道真公をお祀りした神社の宗祀であり、地元の方からは「天神さん」と呼ばれ、親しまれています。

学問に秀でた道真にあやかって、いつしか「学問の神」として崇拝されるようになりました。

高良大社こうらたいしゃ

高良神社の結婚式は古式に則った厳粛な神前式を執行されています。

下谷神社したやじんじゃ

下谷神社の内部からは歴史を窺え、おごそかな、そして暖かな結婚式を執り行えます。

大将軍八神社

大将軍八神社だいしょうぐんはちじんじゃ

“大将軍”とは、陰陽道の星神・方位の神様のことを言うのですがじつは非常に恐れられてきた神様でもありました。
なぜ恐れられてきたのかと言うと古くから“大将軍”がいる方位を犯すと災いや厳しいとがめを受けると言われてきたからです。
そのため、天皇家や貴族たちは建築や転居、旅立ちなど何かを行う前には必ず陰陽師に頼み、その方角が大将軍にあたらないか慎重になっていました。
桓武天皇は、794年の平安遷都の際に大内裏(御所)から陰陽道の天門にあたる北西角に大将軍のお堂を建てることで、方位による災いを解除。それが、この大将軍八神社創建のはじまりです。(当時は大将軍堂という名称でした)

京都の神社やお寺は時代によって場所が変わることも多くあるのですが大将軍八神社は平安朝時代から変わらず同じ場所で長い間
方位を司る神様として崇拝されてきた歴史ある神社です。

護王神社ごおうじんじゃ

京の都の中心である「京都御所」の西側に鎮座し、歴史と京の趣きを感じる神社です。

護王神社の表門には「京都の巨樹銘木百選」に選ばれた樹齢100年を越えるご神木のカリンの木が見守っています。

由緒としては平安京建都の功労者「和気清

風浪宮ふうろうぐう

風浪宮は、御鎮座1800年を数える由緒と「おふろうさん」の名で、皆様に広く親しまれている神社です

鳥越神社とりごえじんじゃ

1350年余の昔より続く、お祭事でも名高い鳥越神社。東京一の重さが有ると言われる千貫御神輿の渡御は特に有名で、その荘厳かつ幻想的な様は、人々の心を震わせ、言い表わし様のない感動と光景を見る者の胸に焼き付けます。まだ残る玄関先の植木鉢、朝顔や盆栽を楽しみに「縁」を大切に育てる風情溢れる神社で、和婚においてもその美しい景観から、非常に人気があります。白雉二年、景行天皇(人皇十二代)の皇子・日本武尊が東夷を御征伐の時に寄られ、人々は御威徳を慕い尊び祀り、この地の「福徳円満」「恒久平和」を念願したのが始まりとなっております。『鳥越まつり』は東京下町の祭りとして伝統を今に継承しています。

大原野神社おおはらのじんじゃ

延暦3年桓武帝の長岡京遷都の際、藤原氏の氏神である奈良春日大社の神々をこの地に最初に祀られたところより「京春日」とも言われています。

宇治上神社

宇治上神社うじがみじんじゃ

1994年(平成6年)に平等院とともに世界文化遺産に登録された宇治上神社。
じっくりと国宝と向かい合える静かな場所にあり、本殿の中の3つのお社が現存する最古の神社建築である。

水天宮すいてんぐう

水天宮は日本橋蛎殻町で、安産祈願、子授けで親しまれてきた神社です。

鳩森八幡神社はともりはちまんじんじゃ

神社本殿、神楽殿共に新しく、特に神楽殿の真新しさが目を引くモダンな神社です。
八幡神社(鳩森八幡神社)は、御祭神に応神天皇・神功皇后をお祀りし、千駄ヶ谷一帯の総鎮守として村民の崇敬を受けた神社です。 境内には都の有形民俗文化財指定の築山富士があり、樹木は区の保存林に指定されています。

熊野若王子神社

熊野若王子神社くまのにゃくおうじじんじゃ

熊野神社や新熊野神社とともに、「京都三熊野」のひとつとして知られる熊野若王子神社は日本初の夫婦神。

豊国神社(京都)とよくにじんじゃ

緑豊かで自然に囲まれた解放感のある拝殿での挙式が魅力の豊国神社。

正式名称は「とよくにじんじゃ」ですが、地元京都の方からは「ほうこくさん」と呼ばれ、親しまれています。

また歴史的な面でも桃山時代の雰囲気を色濃く伝える国宝・唐門は威厳に満ちており、訪れる人を魅了し続けています。

JR京都駅から車で約5分、京阪電車「七条駅」より徒歩約10分とアクセスも便利で、ゲストにも優しい挙式会場です。

甲宗八幡宮こうそうはちまんぐう

甲宗八幡神社は、福岡県北九州市門司区にある神社で、門司の総氏神さまとして崇敬されています

十番稲荷神社じゅうばんいなりじんじゃ

神社結婚式は1日1組のみなので、挙式の開始時間をご希望の時間に設定出来ます。

熊野神社

熊野神社くまのじんじゃ

811年に、修験道の日円上人がこの地に紀州熊野大神を勧請したのが始まりといわれています。
京都三熊野の最古社でもあります。聖護院の守護神でもあり、応仁の乱で焼失しましたが再建し、江戸期に整備されました。

松尾大社まつおたいしゃ

平安時代当社に対する皇室のご崇敬はきわめて厚く行幸数十度に及び、正一位の神階を受けられ、
名神大社二十二社に列せられて賀茂両社と並んで皇城鎮護の社とされた由緒ある神社です。

京都最古の神社で、太古この地方一帯に住んでいた住民が、松尾山の神霊を祀って、
生活守護神としたのが起源といわれます。

12万坪の境内を誇り、両流造(りょうながれつくり)の本殿は国の重要文化財に指定されており、
見ごたえも十分です。

正式には「松尾大社(まつのおたいしゃ)」ですが、通称名の「まつおたいしゃ」と呼ばれ親しまれています。

日吉神社(久留米)ひよしじんじゃ

日吉神社は、古くから久留米の最中心に御鎮座される。御神木の夫婦銀杏は子授けの言い伝えがあり、お二人に素晴らしい宝物を授けてくれるでしょう。

武信稲荷神社

武信稲荷神社たけのぶいなりじんじゃ

武信稲荷神社は、京都府京都市中京区にある神社。必勝、命名、名付けに利益がある。

梨木神社なしのきじんじゃ

梨木神社は明治18年に創設された比較的新しい神社です。ここには明治維新に貢献した三條実萬(さねつむ)公と三條実美(さねとみ)公を祭神としています。この辺一帯には昔、公家のお屋敷がたくさんありましたが、明治になってそれらが全て東京に移され、その後に創建されたのが梨木神社。

日吉神社(柳川)ひよしじんじゃ

日吉神社は柳川総鎮守の日吉神社は『山王さま』の愛称で親しまれています。

住吉神社すみよしじんじゃ

住吉大神は、筑紫の日向の橘の小戸の阿波伎原に於いて顕われた底筒之男命・中筒之男命・表筒之男命の三柱の神です。

鎮西大社 諏訪神社ちんぜいたいしゃ すわじんじゃ

当神社は鎮西大社と称えられる長崎の総氏神様です。
諏訪・森崎・住吉の三社がおまつりされ、 厄除け・縁結び・海上守護の神社として崇敬されています。
長崎は、戦国時代にイエズス会の教会領となり、かつて長崎市内にまつられていた諏訪・森崎・住吉の三社を、寛永2年(1625)に初代宮司青木賢清によって、西山郷円山(現在の松森神社の地)に再興、長崎の産土神としたのが始まりです。

当神社の大祭(長崎くんち 10月7・8・9日)は、絢爛豪華で異国情緒のある祭として日本三大祭の一つに数えられ、国の重要無形民俗文化財に指定されています。

日向大神宮

日向大神宮ひむかいだいじんぐう

“山の中にある聖地”といった雰囲気のパワースポットとして密かな注目されている神社です。

今宮神社いまみやじんじゃ

今宮神社は健康長寿、良縁開運のご神徳で、京都西陣の産土神として崇敬を集める、千年の歴史のある古社。

また西陣の八百屋の娘「お玉」のいわゆる「玉の輿」出世物語でも有名な今宮神社は、
この物語にあやかろうと願うたくさんの女性で賑わいます。

今宮神社の挙式は基本的に1日1組、ゆったりとした雰囲気の中で執り行われ、
挙式時間も自由に決めることのできる点がうれしい。

白金氷川神社しろがねひかわじんじゃ

結婚式を行う社殿は、三方ガラス張りでとても綺麗な屋代です。

岩屋神社

岩屋神社いわやじんじゃ

本殿背後の山腹に奥之院あるいは岩屋殿と呼ばれる陰陽2つの巨巌があり、これを磐座として祀ったのが当社の起源である。
社伝では、仁徳天皇31年の創建と伝えられる。寛平年間、陰巌に栲幡千千姫命、陽巌に天忍穂耳命を祀り、岩前の小祠に饒速日命が祀られた。
これは、物部氏系の大宅氏が、山科を開拓するに当たり祖神を祀ったものである。
治承年間(1177年 - 1180年)に園城寺僧徒によって社殿が焼かれ、旧記も失われた。
弘長2年(1262年)に再建された。中世には「東西上の岩屋三社」と呼ばれた。

粟田神社あわたじんじゃ

江戸時代に立てられた本殿でのご結婚式となります。京の七口の一つであり、東山道・東海道に通じる粟田口に鎮座し、古くから旅立ち守護の神様として崇敬されている、平安時代初期に創建の古社。

東山連峰の粟田山山麓に位置し、境内からは比叡山より愛宕山までを望めます。

日向大神宮ひむかいだいじんぐう

“山の中にある聖地”といった雰囲気のパワースポットとして密かな注目されている神社です。

井草八幡宮いぐさはちまんぐう

井草八幡宮は、南に善福寺川の清流を望み、今なお「武蔵野」の面影残る秀麗の地に鎮座し古地名を冠して遅野井八幡宮とも称せられました。
現在は社殿の改修、境内の整備が行われ、都内でも有数の広さ(約一万坪)を誇り、神社本庁別表神社に指定されています。

上目黒氷川神社かみめぐろひかわじんじゃ

大正年間に甲州の武田信玄の家臣であった加藤家が上野原より産土の大神をこの地に迎えたといわれております。
昔より、この氏子は疫病知れずといわれておりました。
現在では、厄除の神様として親しまれております。
正面の石段は小松作りで、文化十三年に作られました。
明治三十八年には大山街道拡張に際し現在の形に改修されました。
正面階段左には、自然の崖を利用した富士浅間神社登山道があります。昭和六十年頃までは、頂上から遠く富士山を見ることが出来ました。

上御霊神社かみごりょうじんじゃ

祭神は崇道天皇(早良親王)以下13柱、歴史の舞台としては応仁の乱の発端となった地でもあり、江戸時代元禄3年には松尾芭蕉も訪れ、「半日は神を友にや年忘れ」という句を詠んでいます。

平安時代に御霊会が行われるようになり、平安京鎮護の神として広く崇敬され、現在は上京、北区にまたがる氏神として仰がれています。

市ヶ谷亀岡八幡宮いちがやかめがおかはちまんぐう

市谷亀岡八幡宮は、ペットとお守りやペットと一緒にご祈願できる神社です。

熊野神社くまのじんじゃ

811年に、修験道の日円上人がこの地に紀州熊野大神を勧請したのが始まりといわれています。
京都三熊野の最古社でもあります。聖護院の守護神でもあり、応仁の乱で焼失しましたが再建し、江戸期に整備されました。

坐摩神社

坐摩神社いかすりじんじゃ

御神徳は往古より宮域を守る神であることから、居住地を守り給う「住居守護」の神、また行路の安全を守り給う「旅行安全」の神、「安産守護」の神等として広く信仰を集めており、御祭神の名義から流水、井泉の神であり竈神としても篤く奉斎されています。
正式な読み方は、「いかすり」神社です。

桜神宮さくらじんぐう

桜神宮は明治15年神田に創建された天照大御神をはじめとする日本の記紀神話を中心とした神々をお祀りする神社です。

長岡天満宮ながおかてんまんぐう

「見返り天神」ともいわれ、菅原道真(すがわらみちざね)公が太宰府へ左遷される途中、名残を惜しんだ地として道真公をまつっています。広大な境内の東側には八条ケ池が広がり、中堤の参道と池にかかる水上橋による「八条ケ池ふれあい回遊のみち」は四季を通じた景勝地となっています。
参道には、推定樹齢100年から150年のキリシマツツジ(市指定天然記念物)が群生し、4月下旬には特有の濃紅色の花が咲き誇り、毎年この時期に開催される「春の観光まつり」の会場にもなっており、多くの観光客でにぎわいます。

難波神社

難波神社なんばじんじゃ

反正天皇が父親である仁徳天皇を偲んで建立したと伝えられる古社。
もとは河内の地(現在の河内松原市)にあったが、秀吉が大阪城を築城した際に現在の地へ移転。
昭和20年第二次世界大戦大阪空襲により全焼したため、仮宮によっていたものを昭和49年7月に再建されました。

牛嶋神社うしじまじんじゃ

貞観二年(860年)、慈覚大師の御神託により創建。五年に一度の大祭では、鳳輦(牛車)を中心とする古式豊かな行列が氏子五十町安泰祈願巡行する。この神幸祭は、今日では珍しく黒雄和牛が神牛となり鳳輦を曳いている。

オススメポイント

割烹とんぼ

御霊神社

御霊神社ごりょうじんじゃ

太古大阪湾が深く入りこんで海辺はぬかるみ、芦荻が繁茂して圓江[つぶらえ]と云い円形の入江に創祀された圓神祠に始まり、嘉祥三年(850)の「文徳実録」に八十嶋祭の祭場が圓江でそこに創祀されたのが圓神祠とされ、八百年代後半の創建とされています。
ご神威高く、上古天皇御即位の大嘗祭につづく八十嶋祭に預かり給ひ、後に土地が次第に固成して村を形成しその名も津村と転訛しました。
豊臣秀吉公の大阪居城と共に政治経済の中心地として発展し、諸大名が参集してその崇敬も厚く什器の寄進も相次ぎました。

熊野若王子神社くまのにゃくおうじじんじゃ

熊野神社や新熊野神社とともに、「京都三熊野」のひとつとして知られる熊野若王子神社は日本初の夫婦神。

枚岡神社

枚岡神社ひらおかじんじゃ

初代天皇の神武天皇が大和の地で即位される前、
神武御東征の砌、神武天皇の勅命を奉じて、天種子命(あめのたねこのみこと)が平国(くにむけ)(国土平定)を祈願するため天児屋根命・比売御神の二神を、霊地神津嶽(かみつだけ)に一大磐境を設け祀られたのが枚岡神社の創祀です。

城南宮じょうなんぐう

城南宮は平安時代から、方位の災いを除く神社として有名で地元の人からも親しまれています。

新婚のお二人がこれからの幸せを願って、参拝に訪れることもよくみられる光景です。

本殿の周囲に広がる「源氏物語 花の庭」とも言われる神苑は、四季折々の花々が咲き、城南宮の神楽殿での挙式は、巫女の舞と神楽の音に包まれる厳かな挙式となります。

宇治上神社うじがみじんじゃ

1994年(平成6年)に平等院とともに世界文化遺産に登録された宇治上神社。
じっくりと国宝と向かい合える静かな場所にあり、本殿の中の3つのお社が現存する最古の神社建築である。

堀越神社

堀越神社ほりこしじんじゃ

第33代推古天皇の御代、時の摂政聖徳太子が、太子の叔父君に当たらせられる第32代崇峻天皇の徳を偲んで、風光明媚にして長松直々たる茶臼山の地をえらばれ、四天王寺建立と同時に創建された神社です。
大阪冬の陣、夏の陣の古戦場としても知られます。

難波八阪神社

難波八阪神社なんばやさかじんじゃ

難波八阪神社の創建年月日など詳しい資料は残っていませんが、社伝によれば古来「難波下の宮」と称し難波一帯の産土神でした。後三条天皇の延久(1069年から1073年)の頃から祇園牛頭天王(ごずてんのう)をお祀りする古社として世間に知られていました。
 もとは神仏混淆でしたが、維新後、神仏分離により寺は廃絶し、明治5年(1872年)に郷社となりました。現在のご本殿は、昭和49年(1974年)5月に完成。
 

岩屋神社いわやじんじゃ

本殿背後の山腹に奥之院あるいは岩屋殿と呼ばれる陰陽2つの巨巌があり、これを磐座として祀ったのが当社の起源である。
社伝では、仁徳天皇31年の創建と伝えられる。寛平年間、陰巌に栲幡千千姫命、陽巌に天忍穂耳命を祀り、岩前の小祠に饒速日命が祀られた。
これは、物部氏系の大宅氏が、山科を開拓するに当たり祖神を祀ったものである。
治承年間(1177年 - 1180年)に園城寺僧徒によって社殿が焼かれ、旧記も失われた。
弘長2年(1262年)に再建された。中世には「東西上の岩屋三社」と呼ばれた。

鶴岡八幡宮つるがおかはちまんぐう

境内は国の史跡に指定され、鎌倉八幡宮とも呼ばれる、源氏ゆかりの神社です。

奈加美神社

奈加美神社なかみじんじゃ

奈加美神社の創建は、平安時代にかかるものとされていますが、それを詳らかにするものは残されておりません。
旧の社名を大宮神社といい、この地域の中心の神社でした。新しい名前の由来は中庄の「な」上瓦屋の「か」湊の「み」を取り3町合同の願いをこめて名づけられたそうです。本殿は華麗な彩色の三間社流造で府の指定文化財です。

伊勢山皇大神宮いせやまこうたいじんぐう

伊勢山皇大神宮は、横浜市西区宮崎町にある神社です。伊勢山皇大神宮は、伊勢山にあった大神宮を明治3年に野毛山へ遷座、神祇省により伊勢山皇大神宮と改称して横浜の総鎮守と定められたといい、明治8年県社に列格したといいます。

松山神社

松山神社まつやまじんじゃ

創建は不詳であるが、享保(きょうほう)元年(1716)より以前という。
伝えによると、菅原道真が延喜(えんぎ)元年(901)太宰府(だざいふ)へ左遷されるとき当地に立ち寄り、数千株の小松をみて感動し、詩を吟じたそうです。明治42年には、大隅神社に合祭され一時廃社となったが、昭和19年、地元の熱意により再び分離独立しました。

北野天満神社きたのてんまんじんじゃ

異国の文化が育んだ神戸の代表的観光スポット「北野」。

その北野の坂を上りきると、北野の中心地に北野天満神社(神戸)の鳥居が佇んでいます。

境内からの港町神戸の眺めはすばらしく、ゲストにも喜ばれるロケーションで人気です。

神戸で本格的な神社挙式がご希望でしたら北野天満宮がオススメです。

鎌倉宮かまくらぐう

鎌倉宮は、別名、大塔宮(おおとうのみや)と呼ばれ、護良親王を祭神とする神社です。

豊崎神社

豊崎神社とよさきじんじゃ

大化の改新(6645年)後、遷都された難波長柄豊碕宮の旧跡地とされています。
孝徳天皇の崩御後、松林となり果て、八本松と呼ばれたこの地を哀れんだ一条天皇が、藤田重治にこの地の開発を命じました。孝徳天皇の故宮を忘れてはいけないと松林に小さな祠を建て、孝徳天皇をお祀りしたことが始まりです。

湯泉神社とうせんじんじゃ

湯泉神社は趣のある神社で和やか&アットホームな雰囲気の結婚式が挙げられます。

日本古来の温泉「有馬温泉」の中心に鎮座し、有馬の氏神・温泉守護神として崇敬されている湯泉神社は、大己貴命・少彦名命・熊野久須美命の三神をお祀りしています。

江島神社えのしまじんじゃ

辺津宮の境内の八角のお堂・奉安殿には、八臂弁財天と、日本三大弁財天のひとつとして有名な裸弁財天・妙音弁財天 が安置されています。 江戸時代には、この江島弁財天への信仰が集まり、江の島詣の人々で大変な賑わいを見せました。
世にいわれる「日本三大弁財天」とは、安芸の宮島、近江の竹生島、江の島の弁財天のことです。

服部天神宮

服部天神宮はっとりてんじんぐう

少彦名命と菅原道真を主祭神として祀っています。
901年に、菅原道真公が九州の左遷先に赴く途中に持病の脚気に襲われ動けなくなり、里の人々の勧めにより服部天神宮へ参拝したところ、その脚気が治ったという伝承があります。

弓弦羽神社ゆづるはじんじゃ

弓弦羽神社(ゆづるはじんじゃ)の境内は市民の森に囲まれ、見事な流造り・銅版葺の重厚な佇まいの本殿が、拝殿から連なる形で建っています。

神社の中に入ると都会の喧騒を忘れることができ、心洗われる所です。

神社のシンボル「八咫烏(やたがらす)」は神社名の弓弦羽にちなみ矢に乗って天から降りてくる図で、背中に羽があり弓矢を持つ愛のキューピットと同じとされており、このような云われから弓弦羽神社で結婚式を挙げると幸せになれると言われております。

荏柄天神社えがらてんじんじゃ

御祭神は、学問の神様、正直者・努力を重ねる者を助ける神様として知られる菅原道真公。約900年前、雷雨とともに降臨した黒い束帯姿の天神画像をお祀りしたことに始まり、源頼朝が鎌倉幕府を開いた際には幕府の鬼門の守護神と崇められました。春は梅、秋は銀杏など四季折々の草木が彩る境内と朱色の鮮やかな本殿での挙式に憧れるカップルは多いです。

杭全神社

杭全神社くまたじんじゃ

貞観4年(862)、平安時代初期の征夷大将軍・坂上田村麻呂(さかのうえのたむらまろ)の孫・当道(とうどう)が素戔嗚尊(すさのおのみこと)を勧請して第一殿に平野郷の氏神として祀り、創建しました。

二宮神社にのみやじんじゃ

二宮神社の境内は市民の森に囲まれ、見事な流造り・銅版葺の重厚な佇まいの本殿が、拝殿から連なる形で建っています。

神社の中に入ると都会の喧騒を忘れることができ、心洗われる所です。

二宮神社のシンボル「八咫烏(やたがらす)」は神社名の弓弦羽にちなみ矢に乗って天から降りてくる図で背中に羽があり弓矢を持つ愛のキューピットと同じとされており、このような云われから二宮神社で結婚式を挙げると幸せになれると言われております。

三柱神社みはしらじんじゃ

三柱神社は、桜の名所でもあり、春には多くの花見客で賑わい、大変趣のある神社です。

横浜 本牧神社ほんもくじんじゃ

本牧神社(旧称・本牧十二天社)は旧来、本牧岬の先端(現本牧十二天一番地)に張り出した出島の中に鎮座し、巨古木蒼然たる杜に囲まれ、鳥居の脚元には波濤打ち寄せる風光明媚な鎮守様でした。その様子は江戸名所圖絵にも「本牧塙 十二天社」として描かれ、江戸湾を往来する廻船からは航海安全の神、地元民からは生業の守護神と崇められ、八百年以上の永きに亘り本牧の地に鎮座して人々のあつい信仰を受け続けていました。
そして今、世界に開けた横浜の港から、人生の航路に船出するお二人の末永いお幸せをお祈りいたします。

阿比太神社

阿比太神社あびたじんじゃ

延長5年(西暦927年)に編纂された延喜式神名帳に名を載せる式内社であり、御祭神に素盞鳴尊(すさのおのみこと)お祀りしています。
武道や文学、悪疫、旱魃(かんばつ)にご利益があるそうです。

春日大社かすがたいしゃ

春日大社は、今からおよそ1300年前、奈良に都ができた頃、日本の国の繁栄と国民の幸せを願って、遠く鹿島神宮から武甕槌命(タケミカヅチノミコト)様を神山御蓋山(ミカサヤマ)山頂浮雲峰(ウキグモノミネ)にお迎えした。やがて天平の文化華やかなる神護景雲2年(768年)11月9日、称徳天皇の勅命により左大臣藤原永手によって、中腹となる今の地に壮麗な社殿を造営して香取神宮から経津主命様、また枚岡神社から天児屋根命様・比売神様の尊い神々様をお招きし、あわせてお祀り申しあげたのが当社の始まりです。

戸上神社とのえじんじゃ

戸上神社は1100年余りの歴史を持つ、門司区大里の戸上山のふもとにある緑に囲まれた神社です。

生國魂神社

生國魂神社いくくにたまじんじゃ

生國魂神社は、大阪府大阪市天王寺区生玉町にある神社。式内社。旧社格は官幣大社で、現在は神社本庁の別表神社。

橿原神宮かしはらじんぐう

橿原神宮は、御祭神・神武天皇が畝傍山の東南・橿原の地に宮を建てられ即位の礼を行われた宮址に、明治23年に創建された。
第一代の天皇であり我が国建国の始祖となられた神武天皇と、(ひめたたらいすずひめ)皇后が祀られている。 神武天皇は、皇孫・瓊瓊杵尊(ににぎのみこと)がこの国土に降られた日向(ひゅうが)国高千穂の宮におられたが、天下の政治(まつりごと)を行うべくはるばる東遷の途に立たれた。途中幾多の困難に遭われたが、ついに大和の国を中心とした中つ国を平定され、畝傍(うねび)の橿原の宮において即位の礼をあげて、国の基をたてられた。

宇美八幡宮うみはちまんぐう

宇美八幡宮は「安産育児」の信仰が篤く、多くの方が安産祈願や安産の御礼に参拝される神社です。

白山神社はくさんじんじゃ

古くから山岳信仰の地として仰がれる二丈岳の麓に保延7年(1141)に創建とされています。男女の仲を、糸をくくり整えるようにとりもつ縁結びの神さま菊理姫命(くくりひめのみこと)をお祀りしている神社。

オススメポイント

僧伽小野

阿部野神社

阿部野神社あべのじんじゃ

阿部野神社は、大阪市阿倍野区北畠にある神社である。南朝方について各地を転戦した北畠顕家と、その父の北畠親房を祀る。建武中興十五社の一社で、旧社格は別格官幣社である。

石上神宮いそのかみじんぐう

石上神宮は、大和盆地の中央東寄り、龍王山(りゅうおうざん)の西の麓、布留山(ふるやま・標高266メートル)の北西麓の高台に鎮座し、境内はうっそうとした常緑樹に囲まれ、神さびた自然の姿を今に残しています。北方には布留川が流れ、周辺は古墳密集地帯として知られています。

美奈宜神社みなぎじんじゃ

三代実録によりますと清和天皇貞観元年(859年)正月27日筑前国従五位の下美奈宜神社従五位上の授位が行われた事が登録されています。
延長5年(927年)に朝廷により定められた延喜式では美奈宜神社は式内大社に列せられ明神帳に記載されております。 
往古美奈宜神社が九州の著名な神社として国家のいくつもの史書に記載されていたことは、つまり筑後川が古代の人々の生活を支えていてこの川の両岸に古代の集落が発生し、年と共に発展して行きこの川が九州を横断する主たルートであり、この川畔に祭られた美奈宜神社が両岸の多数の群落の人々はもちろん、多くの旅人からも厚い崇敬を集めていた事の証左だあるとも言えましょう。
延元2年(1338年)菊地武敏軍と足利尊氏の先陣小弐頼尚軍が戦った筑後川水城渡の戦で戦火に遭い、社殿宝物記録類の一切を消失し以来衰退する処となりましたが、足利尊氏は神慮を恐れて社殿を再興しました。また永正6年(1509年)秋月城主秋月伊豫守種時が社殿を再建し神輿及び清道旗を奉納し、神幸行列の先駆として現在まで継続されています。
慶長6年(1601年)黒田長政公の信仰は篤く、社殿の造営があり、下座郡総社と定められました。
元禄15年(1702年)には現在のご神門が建築されています。元禄17年(1704年)に現在の石鳥居が建納され、貝原益軒の妻江島氏の筆にて柱の銘が刻まれています。
文政11年(1823年)に大老黒田播磨公により現在ある社殿に改修されています。弘化4年(1847年)には1650年祭を執行しています。
明治30年に縣社に昇格し、昭和28年に国家管理を離れ、宗教法人美奈宜神社として現在に至ります。

芦屋神社あしやじんじゃ

境内には樹齢200~300年と伝えられるヤマモモの木や、自然もすばらしいことから阪神六景にも選ばれたことがあり、オススメな神社です。

祭神である天穂日命(アメノホヒノミコト)は縁結びの神として崇敬を集めています。

また、氏神として芦屋の地の守り神として地元の人々の信仰を集めており、アットホームな結婚式が挙げられます。

垂水神社

垂水神社たるみじんじゃ

社伝によれば、豊城入彦命は弟の垂仁天皇に皇位を譲って東国の開拓を行ったが、その最初の開拓をしたのが垂水の地であり、豊城入彦命の子孫が祖神として豊城入彦命を祀ってきたと伝える。新撰姓氏録によれば、孝徳天皇の時代に大旱魃があったが、垂水ヶ岡の清水だけは涸れなかったので、豊城入彦命の末裔の阿利真公が高樋を作ってその水を難波京に送水した。その功により「垂水公」の姓を贈られ、当社を創建したという。

安房神社あわじんじゃ

安房国を築いた天富命の祖神である天太玉命を祀っている安房神社。

越木岩神社こしきいわじんじゃ

西宮市は越木岩町に鎮座する越木岩神社。前身は延喜式神名帳に載る大国主西神社であるとされる。

関西でも有数の閑静な住宅街に佇む越木岩神社での挙式は広い境内と静かな雰囲気が漂い、ゲストからも人気があります。

自然豊かな森林の中に佇む越木岩神社で荘厳な神前式が執り行われます。

高見神社たかみじんじゃ

高見神社周辺は桜の名所となっており、四季を通じて緑豊かで、お二人の門出にぴったりの神社です。

春日大社

春日大社かすがたいしゃ

春日大社は、今からおよそ1300年前、奈良に都ができた頃、日本の国の繁栄と国民の幸せを願って、遠く鹿島神宮から武甕槌命(タケミカヅチノミコト)様を神山御蓋山(ミカサヤマ)山頂浮雲峰(ウキグモノミネ)にお迎えした。やがて天平の文化華やかなる神護景雲2年(768年)11月9日、称徳天皇の勅命により左大臣藤原永手によって、中腹となる今の地に壮麗な社殿を造営して香取神宮から経津主命様、また枚岡神社から天児屋根命様・比売神様の尊い神々様をお招きし、あわせてお祀り申しあげたのが始まりです。

大神神社おおみわじんじゃ

三輪山をご神体としており、夫婦和合、家内安全をはじめ生活すべての守護神とされる。

天気が良ければ境内を行列できる。著名な方の挙式も多い神社です。

到津八幡神社いとうづはちまんじんじゃ

到津八幡神社は安産を願う参拝者が多く訪れることから、到津八幡神社での結婚式を選ばれるご夫婦が多くいらっしゃいます。

大神神社

大神神社おおみわじんじゃ

三輪山をご神体としており、夫婦和合、家内安全をはじめ生活すべての守護神とされる。

天気が良ければ境内を行列できる。著名な方の挙式も多い神社です。

廣田神社ひろたじんじゃ

兵庫県西宮市にある廣田神社は紀元201年に創建された由緒ある古社で、兵庫県内で唯一、
最高位である官幣大社に列せられた悠久の歴史ある神社です。

廣田神社の本殿には八百万の神々の中で最高至貴とされる天照大御神の荒御魂が祀られており、
結婚式はその格調高い本殿にて厳かに行われ、お二人の晴れやかな門出を祝福いたします。

「敷地が広く」「緑が多い」神社ですので新緑などの時期には絶好のロケーションでの神前挙式が出来て人気です。

和布刈神社めかりじんじゃ

和布刈神社は、九州最北端に鎮座し、社殿すぐ前から望む関門海峡は、日本の音風景100選にも選ばれています。

海老江八坂神社えびえやさかじんじゃ

八坂神社は大阪市福島区海老江に鎮座する神社。 通称、海老の宮、海老江八坂神社。

石上神宮

石上神宮いそのかみじんぐう

石上神宮は、大和盆地の中央東寄り、龍王山(りゅうおうざん)の西の麓、布留山(ふるやま・標高266メートル)の北西麓の高台に鎮座し、境内はうっそうとした常緑樹に囲まれ、神さびた自然の姿を今に残しています。北方には布留川が流れ、周辺は古墳密集地帯として知られています。

志賀海神社しかうみじんじゃ

志賀海神社は、安産・育児の神様として信仰されており、結婚~出産~お子様の成長と、人生儀礼にふさわしい神社です。

元祇園梛神社もとぎおんなぎじんじゃ

スサノオノミコトほかを祭り疫病除けの神で知られる。貞観年間、京の悪疫退治のため祭神を東山八坂に祭る前いったんこの地の梛の森に神霊を仮祭祀したのが起こり。このため元祇園とも。祇園祭傘鉾の起こりも同社の祭祀に由来するという。5月第3日曜は氏神祭で祭事のあと神霊を鳳輦(ほうれん、子供神輿)に移し、北・三条通、南・松原通、東・壬生通、西・土居の内通に囲まれた氏子社中を巡行する。特に少年勤王隊、獅子、鉾、花傘などの祭列は見もの。

橿原神宮

橿原神宮かしはらじんぐう

橿原神宮は、御祭神・神武天皇が畝傍山の東南・橿原の地に宮を建てられ即位の礼を行われた宮址に、明治23年に創建された。
第一代の天皇であり我が国建国の始祖となられた神武天皇と、(ひめたたらいすずひめ)皇后が祀られている。 神武天皇は、皇孫・瓊瓊杵尊(ににぎのみこと)がこの国土に降られた日向(ひゅうが)国高千穂の宮におられたが、天下の政治(まつりごと)を行うべくはるばる東遷の途に立たれた。途中幾多の困難に遭われたが、ついに大和の国を中心とした中つ国を平定され、畝傍(うねび)の橿原の宮において即位の礼をあげて、国の基をたてられた。

高宮八幡宮たかみやはちまんぐう

高宮八幡宮は、天智天皇の御代に磐瀬の行宮に居られた時に、神功皇后の縁の地として神さまをお祀りになったと伝えられている神社です。

御霊神社

御霊神社ごりょうじんじゃ

御霊神社(ごりょうじんじゃ)という名前の神社は、日本各地に存在する。
その祭神・性格は様々で、御霊信仰に基づきある人物の御霊・怨霊を鎮めるために創建されたもの、5柱の神(五霊)を祀る(祀っていた)もの、祖神・先祖の霊を「御霊」として祀るものなどがある。

水田天満宮みずたてんまんぐう

水田天満宮の本殿は福岡県指定文化財産となっており、神前結婚式では、親族の方が40名までご参加いただけます。

率川神社

率川神社いさがわじんじゃ

率川神社は奈良県奈良市本子守町にある神社。大神神社の境外摂社で、正式名称を率川坐大神御子神社といい、また子守明神とも呼ばれる。『延喜式神名帳』に「率川坐大神神御子神社 三座」と記載される式内小社。

八剱八幡神社やつるぎはちまんじんじゃ

社伝によると往昔この神社あたり一帯の地を八剱の里と呼び、この里の神を八剱の神と称え、この神に仕えるはふりを八剱と申した。

恋木神社こいのきじんじゃ

恋木神社は恋木の「木」は東を意味し、「良縁幸福の神様」「恋の神様」として若者達に篤く信仰されております。

日吉大社ひよしたいしゃ

日吉大社は、滋賀県大津市坂本にある神社。式内社、二十二社の一社。旧社格は官幣大社で、現在は神社本庁の別表神社。 全国に約2,000社ある日吉・日枝・山王神社の総本社である。通称として山王権現とも呼ばれる。猿を神の使いとする。西本宮と東本宮を中心とする400,000m²の境内は国の史跡に指定される。

廣瀬大社

廣瀬大社ひろせたいしゃ

廣瀬大社は、奈良県北葛城郡河合町川合にある神社。式内社、二十二社の一社。旧社格は官幣大社で、現在は神社本庁の別表神社。 旧称は「廣瀬神社」。

足立山妙見宮あだちさんみょうけんぐう

妙見宮は、足立の杜に囲まれた千三百年の歴史を誇る由緒正しき古社風光明媚な神社です。

談山神社

談山神社たんざんじんじゃ

談山神社は、奈良県桜井市の多武峰にある神社。祭神は中臣鎌足。桜と紅葉の名所である。神仏分離以前は寺院であり、多武峯妙楽寺といった。 大和七福八宝めぐりの一つに数えられる。

岡田宮おかだぐう

岡田宮は、日本最古の書物である古事記に記載される古社で、その御神徳は広く遠賀地方一帯に及び、古くより朝野の崇敬篤い名社であります。

薬師寺

薬師寺やくしじ

薬師寺は、奈良県奈良市西ノ京町に所在する寺院であり、興福寺とともに法相宗の大本山である。南都七大寺のひとつに数えられる。本尊は薬師如来、開基は天武天皇、道昭、義淵である。1998年に古都奈良の文化財の一部として、ユネスコより世界遺産に登録されている。現・管主は山田法胤である。

宗像神社(北九州)むなかたじんじゃ

宗像神社は、現在でも、氏子崇敬者の信仰も篤く、「崇像様」と親しまれ、遠方からの祈願者も多く参拝されています。

建部大社

建部大社たけべたいしゃ

創祀年代は不詳。
社伝では、景行天皇46年稲依別王(日本武尊の子)が勅を奉じて、神崎郡建部郷千草嶽に日本武尊を奉斎し、
天武天皇白鳳4年、勢田郷へ遷座したという。

東大野八幡神社ひがしおおのはちまんじんじゃ

東大野八幡神社は、御神木の杉の木。樹齢500と云われ、杉の木では珍しく樹が幾通りにも別れている為、子孫繁栄の象徴と親しまれ、子授けの御神徳を戴けるとも云われている。

白鬚神社

白鬚神社しらひげじんじゃ

創建は1900年前。第11代天皇の垂仁天皇の頃で、近江最古の神社とされています。また、全国にある白髭神社の総本社ともされています。
白髭神社のご祭神は猿田彦命(さるたひこのみこと)で、社名からも分かるように延命長寿の神様。また、福徳開運・縁結び・子授け・生児の名授け・交通安全・船舶安全等人生の全ての道案内の神として広く信仰を集めています。

綿都美神社わたつみじんじゃ

綿都美神社は、境内には巨木が多く、中でも天保3年に祀られた地主神が樹齢800年とも云われる生命力豊かな大楠に守られている。

若宮八幡神社わかみやはちまんじんじゃ

景行天皇の行宮跡に源為朝が勧請したといわれる。
毎年五月に麺製造業者による麺祭りが開催。
また秋には奉納のど自慢や芸能祭もひらかれる。

篠山神社ささやまじんじゃ

篠山神社は、明治10年(1877)に有志が有馬豊氏公、頼永公の偉業を偲んで祀り二年後、久留米城跡に鎮座した神社です。
筑後旧久留米藩士民が、その旧藩主有馬氏累代の恩徳に対し追慕感謝のあまり、旧城阯に社宇建設せんことを請願し、明治10年7月25日官許を得て、始祖有馬豊氏公並びに頼永公の霊を祀り、12年7月15日篠山神社と称し県社に列せられたと言われています。

北野天満神社

北野天満神社きたのてんまんじんじゃ

異国の文化が育んだ神戸の代表的観光スポット「北野」。

その北野の坂を上りきると、北野の中心地に北野天満神社(神戸)の鳥居が佇んでいます。

境内からの港町神戸の眺めはすばらしく、ゲストにも喜ばれるロケーションで人気です。

神戸で本格的な神社挙式がご希望でしたら北野天満宮がオススメです。

青木天満宮あおきてんまんぐう

『社方開基』によると、老松宮の「社領弐拾五町、天正年中まであった」と申し伝えています。当社の建立につきましては、市の宮の南方、広々とした田園に囲まれた老松茂る場所に後二条院の御宇正安2年(1300)に当村の領主堀右京進が天満宮を勧請したのが始まりです。社号を老松宮とつけ、寛永年間には久留米藩有馬氏より社領200石の寄進を受け、慶応4年(1868)に天満宮と改称しました。 明治6年3月14日に郷社に被定され、現在でも青木之荘総鎮守の氏神様として、篤い信仰を集めています。

弓弦羽神社

弓弦羽神社ゆづるはじんじゃ

弓弦羽神社(ゆづるはじんじゃ)の境内は市民の森に囲まれ、見事な流造り・銅版葺の重厚な佇まいの本殿が、拝殿から連なる形で建っています。

神社の中に入ると都会の喧騒を忘れることができ、心洗われる所です。

神社のシンボル「八咫烏(やたがらす)」は神社名の弓弦羽にちなみ矢に乗って天から降りてくる図で、背中に羽があり弓矢を持つ愛のキューピットと同じとされており、このような云われから弓弦羽神社で結婚式を挙げると幸せになれると言われております。

二宮神社

二宮神社にのみやじんじゃ

二宮神社の境内は市民の森に囲まれ、見事な流造り・銅版葺の重厚な佇まいの本殿が、拝殿から連なる形で建っています。

神社の中に入ると都会の喧騒を忘れることができ、心洗われる所です。

二宮神社のシンボル「八咫烏(やたがらす)」は神社名の弓弦羽にちなみ矢に乗って天から降りてくる図で背中に羽があり弓矢を持つ愛のキューピットと同じとされており、このような云われから二宮神社で結婚式を挙げると幸せになれると言われております。

伊勢神社いせじんじゃ

伊勢神社は天智天皇(668~671年)が肥前の地に定めて田手に神社を建立され、その後天文の頃(1532~1554年)、伊勢皇太神宮より三種の神器と共に分霊を許され田手皇太神宮としたが、三回の変遷を経て現在の地に鎮座されました。伊勢神宮より分霊されたのは、全国唯一この伊勢神社のみです。

廣田神社

廣田神社ひろたじんじゃ

兵庫県西宮市にある廣田神社は紀元201年に創建された由緒ある古社で、兵庫県内で唯一、
最高位である官幣大社に列せられた悠久の歴史ある神社です。

廣田神社の本殿には八百万の神々の中で最高至貴とされる天照大御神の荒御魂が祀られており、
結婚式はその格調高い本殿にて厳かに行われ、お二人の晴れやかな門出を祝福いたします。

「敷地が広く」「緑が多い」神社ですので新緑などの時期には絶好のロケーションでの神前挙式が出来て人気です。

與賀神社よがじんじゃ

豊玉姫命は神武天皇の祖母、海神の娘で龍宮城のお姫様です。海の神、山の神、水の神として広く信仰され、安産の神様です。また、武門の神様、学問・祝詞の神様が祀られており、鎮護国家・安産育児・交通安全・学問武道・殖産開運などにご神威あらたかです。

武雄神社たけおじんじゃ

『武雄神社本紀』によると、神功皇后が三韓征伐の帰途、武雄に兵船を止め、それが御船山に化したとあります。これにより同行していた住吉神と武内宿禰が御船山の南嶽(船の艫)に鎮座し創祀されました。
而して天平7年(735年)初代宮司 伴行頼に『吾は武内大臣である。艫には住吉神がおられ、艫嶽に祀られていても畏れ多く落着かないので、幸い軸嶽に自分を祀るならば、末永くこの地に幸福が訪れるであろう。』との神託がありました。行頼は太宰府を通じて朝廷に奏請し、武内宿禰を主神に、仲哀天皇、神功皇后、応神天皇、武雄心命を合祀し北麓に奉遷し武雄宮が創建されたと記されています。
平安時代での旧社格は、九州地区の統治組織「大宰府」の府社とされ、祭礼(さいれい)に国使が参向するなど、杵島郡の鎮守として郡民の崇敬をうけていたばかりではなく、肥前に於ける名社として深く重んぜられていました。また、それらを裏付ける218通にもおよぶ古文書(こもんじょ)が現存しており、九州における神社文書の代表的な遺品とされています。
元永年中(1118~20年頃)武雄二代領主 後藤資茂が、朝夕秀麗な御船山の麓に鎮座する武雄神社を望み、築城の適地と思い、朝廷に奏請して当社を舳嶽東麓(現在地)に遷しました。
文治元年(1185年)の壇ノ浦の戦いでは、源頼朝が当社に密使を使わせ平家追討祈願をしました。平家を滅ぼした頼朝は、勝利を武雄神社の神徳によるものと感じ、後鳥羽天皇の勅使と名代の御家人を赴かせ『御教書』を送り深謝しました。
この参詣を歓迎して、武雄四代領主の後藤宗明が流鏑馬を奉納し、以来、氏子のてによって『武雄の流鏑馬』は、八百年以上ものあいだ連綿と継承されています。 また、これを機に武雄神社と源氏との関係は極めて密接となり、神社として将軍家の祈祷に当たる関東御祈祷所の使命と、社家として御家人の使命を有し、二重の立場に於いて活動することになりました。
鎌倉中期の元寇では、未曾有の国難に際し、伏見天皇より異国降伏の祈祷の『綸旨』を賜る光栄に浴するなど、国家的な存在でありました。本紀によれば、文永の役の十月二十日の夜、武雄神社の神殿から鏑矢が元軍船目掛けて飛び、元軍は逃げていったとしてあり、また、弘安の役では上宮から紫の幡が元軍船の方に飛び去って、大風を起こしたとあります。この霊験により『九州五社ノ内』と称され、九州の宗社として隆々と栄えた時代もありました。
現在では武雄の氏神社として、また樹齢三千年のご神木を祀る神社として、氏子はもとより全国各地から広く信仰を集めております。

芦屋神社

芦屋神社あしやじんじゃ

境内には樹齢200~300年と伝えられるヤマモモの木や、自然もすばらしいことから阪神六景にも選ばれたことがあり、オススメな神社です。

祭神である天穂日命(アメノホヒノミコト)は縁結びの神として崇敬を集めています。

また、氏神として芦屋の地の守り神として地元の人々の信仰を集めており、アットホームな結婚式が挙げられます。

祐徳稲荷神社ゆうとくいなりじんじゃ

貞享4年(1687年)肥前鹿島藩主鍋島直朝公の夫人花山院萬子媛が、朝廷の勅願所であった稲荷大神の御分霊を勧請された稲荷神社で、衣食住の守護神として国民の間に篤く信仰されております。

日本三大稲荷の一つに数えられ商売繁昌、家運繁栄、大漁満足、交通安全等種々の祈願が絶えず、参拝者は年間300万人に達しています。御本殿、御神楽殿、樓門等総漆塗極彩色の宏壮華麗な偉容は、鎮西日光と称され、観光ルートの上にも一異彩を放っています。

越木岩神社

越木岩神社こしきいわじんじゃ

西宮市は越木岩町に鎮座する越木岩神社。前身は延喜式神名帳に載る大国主西神社であるとされる。

関西でも有数の閑静な住宅街に佇む越木岩神社での挙式は広い境内と静かな雰囲気が漂い、ゲストからも人気があります。

自然豊かな森林の中に佇む越木岩神社で荘厳な神前式が執り行われます。

山口大神宮やまぐちだいじんぐう

山口大神宮は、伊勢の神宮(三重県伊勢市)のご分霊を勧請したお宮で、古くより「西のお伊勢さま」と呼ばれ西国では広く信仰されている神社です。
当初は社号を「鴻嶺神明」と呼び、後柏原天皇より「高嶺大神宮」、後陽成天皇から
「伊勢」の勅額を賜ってからは「高嶺大神宮」や「山口伊勢」「山口今伊勢」と呼ばれ、親しまれています。

湯泉神社

湯泉神社とうせんじんじゃ

湯泉神社は趣のある神社で和やか&アットホームな雰囲気の結婚式が挙げられます。

日本古来の温泉「有馬温泉」の中心に鎮座し、有馬の氏神・温泉守護神として崇敬されている湯泉神社は、大己貴命・少彦名命・熊野久須美命の三神をお祀りしています。

防府天満宮ほうふてんまんぐう

防府天満宮は、学問の神様、菅原道真公を祀った神社で、京都の北野天満宮福岡の太宰府天満宮と共に日本三天神と称せられています。
道真公は九州への西下の途中、防府に立ち寄りすっかりこの地が気に入り、自分が死んだら魂となって帰ってくると約束します。
九州で公が亡くなった翌年(904)に、国司がこの地に松崎の社を建立し公を祀ったと伝えられ、日本で最初の天満宮として創建されたといわれています。

元祇園梛神社

元祇園梛神社もとぎおんなぎじんじゃ

スサノオノミコトほかを祭り疫病除けの神で知られる。貞観年間、京の悪疫退治のため祭神を東山八坂に祭る前いったんこの地の梛の森に神霊を仮祭祀したのが起こり。このため元祇園とも。祇園祭傘鉾の起こりも同社の祭祀に由来するという。5月第3日曜は氏神祭で祭事のあと神霊を鳳輦(ほうれん、子供神輿)に移し、北・三条通、南・松原通、東・壬生通、西・土居の内通に囲まれた氏子社中を巡行する。特に少年勤王隊、獅子、鉾、花傘などの祭列は見もの。

住吉神社(山口)すみよしじんじゃ

住吉神社は、山口県下関市にある神社で、大阪の住吉大社、博多の住吉神社とともに日本三大住吉の一つとされています。
大阪の住吉大社が住吉三神の和魂を祀るのに対し、山口県の住吉神社は荒魂を祀っています。本殿は応安3年に大内弘世により造営されたもので、5つの一間社を合の間とともに一列に連ねた九間社流造で、中央の第三殿の前に毛利元就の寄進した拝殿があり、現在は重要文化財に指定されています。

郡山八幡神社

郡山八幡神社こおりやまはちまんじんじゃ

聖武天皇の勅命により、東大寺大仏の鋳造が完成した天平勝宝元年(749)に、
東大寺大仏の守護神として宇佐八幡神社を勧請されることとなった。
『続日本書紀』同年十二月十八日に、宇佐八幡神を平群郡に迎え、
二七日に京に入り、京南の梨原宮に新殿を造って神宮としたとある。
京入りの前日、和州薬師寺門前の休ヶ丘で一泊された。

亀山八幡宮かめやまはちまんぐう

亀山八幡宮は、下関市の中心地に御祭神である応神天皇・仲哀天皇・神功皇后・仁徳天皇を祀っている神社です。
平安時代・貞観元年(859)に宇佐八幡宮から勧請され、「関の氏神さま」「亀山さま」と親しまれています。
「亀山」という名称は、当時島の形が亀に似ていたとも、宇佐の八幡様がお祀りされている山が亀山だからともいわれています。

日吉大社

日吉大社ひよしたいしゃ

日吉大社は、滋賀県大津市坂本にある神社。式内社、二十二社の一社。旧社格は官幣大社で、現在は神社本庁の別表神社。 全国に約2,000社ある日吉・日枝・山王神社の総本社である。通称として山王権現とも呼ばれる。猿を神の使いとする。西本宮と東本宮を中心とする400,000m²の境内は国の史跡に指定される。

琴崎八幡宮ことさきはちまんぐう

琴崎八幡宮は、山口県内神社の大社として知られ、神社本庁の定める別表神社です。
宇部市〈旧宇部村地区〉を守護する産土(うぶすな)神社として、初宮詣、厄除け、七五三、交通安全、安産などの各種御祈願、初詣、節分祭、春祭、秋祭、毎月1日に催される朝市など八幡様を慕い敬う参拝者で境内は賑わいをみせております。

島原市安中 八幡神社しまばらあんなか はちまんじんじゃ

長崎市鎮座 ぎおん社 八坂神社ながさきしちんざ ぎおんしゃ やさかじんじゃ

天之御中主(妙見)神社あめのみなかぬし みょうけんじんじゃ

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